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2008年8月12日 06:57 PM

生傷と潮(三訂版)

【2009.8.30 旧ブログから筆者転載】

 訳あって先週、自分の体から親指程度の体積の肉を、皮膚を含め切除。傷口は縫合するのかと思いきや、担当医師からは縫わずに自然な組織蘇生を待とうとの提案。手術後約一週間にして出血はほぼ止まるも、傷口にあてたガーゼはいまだに数時間たつと薄黄色い液体でじっとり重く濡れ、うっかりすると衣服や寝具についてしまうので、日に何度かの交換を繰り返しながら今に至る。

 看護士さんの説明では、これは滲出液 exudate といって、本来なら体の中をめぐっている血液や組織液が、傷口を癒すために変化してしみ出してきたものらしい。なんてことだ。日ごろ不摂生でいじめてばかりいる自分の体が、けなげにも日夜、自己蘇生のため必死に頑張っていると思うと、ありがたいような申し訳ないような気持ちになる。

 さて。このブログは、匂いのブログ。読者各位におかれましては、すでにお察しのとおり。嗅いでみました。というと悪趣味に聞こえますが、いやでも匂ってくるのだから致し方ない。

 空気にふれ時間がたっているガーゼの外側の部分は、酸化したためか饐えた生肉か魚のような、なんとも生臭いイヤな匂い。ところが滲みたて fresh! な滲出液は、そんなイヤな匂いはまったくしない。かといって無臭というわけでもない。何だろう、この匂いは... かすかなのに強く印象に残る、何かとても懐かしいような、でもずいぶん長い間、かぐことのなかった匂い...

 答えが出ても出なくても人生に何の意味もない、そんな疑問を頭の片隅にのこしたまま、窓の外の夏空を見上げていて、あっ、と思いだしたものがある。これ、潮水の匂いかもしれない。岸に近い場所ではなく、ちょっと沖合まで泳いだ時の、各種の無機物と有機物を豊かに含みながら大らかに流れたゆとう、海の水の匂い。あるいは水の中に生きる生き物を、すくい上げた瞬間の匂い。で、これが酸化すると、たとえば夏の夜の漁港ちかくにただよう、一旦はたしかにそこにあったのに今はもう姿をとどめていない、暗褐色あるいは暗い青緑色をした命たちの情念を思わせる、かすかなのに強い臭気になる。

 あるいはぐるっとまわって真っ向から、実はこれがヒトの匂いそのものかもしれない。衛生的に消毒されつづけ無菌サラサラ無味無臭になってしまった肌ではなく、時に真夏のむっとする草いきれの中を、あるいは夜闇にふきすさぶ風雨の中を、しっとりと汗ばみながら一歩ずつ歩いてきた、間違いなく生きているヒトの肌の匂い。クサイとかカグワシイとか、あらゆる形容詞を一切排除してもなおそこにある、人間たればすべからくその身に一生纏ったまま生まれて死ぬところの、ヒトの体の匂い、肌の匂い。その肌の色、眼や髪の色から崇める神様の数まで、たとえすべてが違っても、その肌を傷つければ赤い血が染み出すように、今も昔も、敵も味方も、ヒトの体の中をへだてなく、めぐりつなげる体液たちの匂い。

 時は今、京都は六道さんの季節。六道輪廻の地獄絵図や死した小野小町のむくろが朽ちてゆく絵図の掲げられている前を、そのいわく言い難い恐ろしさに泣きそうになりながら手をひかれ盆迎えの鐘をつきにお参りをした幼い日々を思い出す。そしてこの数日にもまた、4年に一度のお祭り騒ぎにわくユーラシアの東端からはるか遠い西、同じ大地の上で新たに切り裂かれ開かれた無数の傷に滲むのは、何としても蘇生しようと懸命に反応する人体の力か、その人のかわりになら私が何度死んだっていいからどうか、どうか死なないでと声の限り泣き叫び祈る人々の涙か、それとももう永遠に取り返しのつかない静寂と沈黙、これから数世代たっても決して消え去ることのない、つめたくも乾いた悔恨の青白い炎か。

 あるいはやや唐突ながら、「殺すのはだれでもよかった」、そう言って赤の他人を刺し殺す前の彼らに、もし自分が振りかざした刃で二度と癒えぬほど大きく開いた傷口がその後どうやって腐りゆくのか、温かかった血がつめたくかたまり、愛すべき人々を抱きしめてきた肌や肉がかたちをかえとろけてゆく、その絶対的に不可避・不可逆ながら誰しも顔をそむけたくなる経過のすがたと強烈な臭気とを生々しく思い描く想像力があれば、何かが、もうちょっとは、違っていたんじゃないかなあ。

 ... なんて思うのは、美しかりし小野小町さえもその死ののちにはむくろが紫色に水膨れて虫の湧く、その無常にして臭気を伴った人間の死というものの、しかしまごうことなき現実を見事に想像させてくれた恐ろしい絵図を、子供のころ毎年この時期に見せられてはひどくおびえていた、僕の単なるトラウマのせい、なのかな。

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