2008年9月アーカイブ

【2009.3.4 旧ブログから筆者転載】

さて、2つ前のエントリでは、ヘブライ聖書・トーラーの中の『出エジプト記』第30章第34-38節で言及されている「聖なる香」קטרת Ketoret の4つの材料を紹介しました。

他方、同じユダヤ教でも『タルムード』תלמוד Talmud(口伝律法)の中には、トーラー(律法)における香とは一部異なる素材を含む「11の材料」によって作られる香に関する言及があります。

今日まで伝えられているタルムードは大きく分けてエルサレム・タルムードとバビロニア・タルムードという2種類が存在しますが、後者のバビロニア・タルムード Talmud Balvi の Kodashim の中、Tractate Keritot (folio 6a、原文はこちらדף ו,ב גמרא の項目にあります) には、次の11種類が「聖なる神殿のための香の材料」 Eleven Herbs and Balms for the Ketoret(Incense) in the Holy Temple として言及されています。

【2009.3.4 旧ブログから筆者転載】

ちょっと重たかったり堅苦しかったりした記事が続いたので、ここでひとつ気分転換に、甘くやさしい香りのお風呂でもいかがでしょう? とはいえしっかり『出エジプト記』つながり、スキムミルクと蜂蜜を使った、「乳と蜜の流れる地」、 ארץ זבת חלב ודבש :a land flowing with milk and honey (Exodus 3:8, ארץ 'erets : land, זבת zabat < zuwb : to flow, חלב chalab : milk, דבש dbash : honey) ことカナーン כנען Kna'an に遠く思いをはせる入浴剤です。

材料:

【2009.3.4 旧ブログから筆者転載】

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 前のエントリでは、ヘブライ聖書/旧約聖書の『出エジプト記』に記された「聖なる香油」について述べましたが、実は第30章の最後にはもうひとつ、「聖なる香(こう)」קטרת Ketoret に関する記述があります。
 これに関して調べているうちに、ひとつ興味深い事実を発見しました。それは、ユダヤ教世界で『トーラー』 תורה Torah(モーセ五書、律法)と呼ばれる重要な聖典の一部であるところの『出エジプト記』の中で神からモーセに示された聖なる香の材料は「4つ」だけであったのに、トーラーと並んで重要視され継承されていった『タルムード』 תלמוד Talmud(口伝律法)では、聖なる香の材料に7種類が加えられ「聖なる神殿の香のための11の材料」として言及されるようになっていた、という点です。

 そこでまず、上に引用した『出エジプト記』第30章第34-38節に示されている4つの材料が何だったのかについて、一般的な解釈に沿って整理すると、以下のとおりです:

【2009.3.4 旧ブログから筆者転載】

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上に引用したのは、9月14日のエントリ「匂いの記憶@エルサレム 2.「悲しみの道」の果てに - Stabat Mater at the End of the Via Dolorosa, Jerusalem」の中で触れた、『出エジプト記』Exodus に記されている香油についての箇所です。

『出エジプト記』は、キリスト教世界においてはいわゆる『旧約聖書』Old Testament (注1)の一部として知られていますが、旧約聖書の冒頭の5つの書(『創世記』בראשית Bre'shiyth : Genesis、『出エジプト記』שמות Shemot : Exodus、『レビ記』  ויקרא Vayikra : Leviticus、『民数記』 במדבר Bamidbar : Numbers、『申命記』 דברים Devarim : Deuteronomy)は、キリスト教の成立よりも前、すでにユダヤ教世界において『トーラー』 תורה Torah (『モーセ5書』『律法』と呼ばれることもあります)としてまとめられていました。その意味で、ここでは「原典」としてヘブライ語版(マソラ本文)を参照 することとします。(注2)

第22節(כב)から第25節(כד)までで、神(יהוה YHVH)がモーセ(משה Mosheh)に伝えた「聖なる香油」(קדש kodesh : holy, שמן משחת shemen mishchah : anointing oil) の材料は以下のとおりです。(注3)

【2009.3.4 旧ブログから筆者転載】

旅先でその土地ならではの食材や料理に出会うのも、旅の醍醐味のひとつ。今回も、「どうしてこんなおいしいものを今まで知らずにいたのか自分は?」とつい自問したくなるような、たくさんのおいしい出会いがありました。

たとえばスパイシーに味付けしたひよこ豆のぺーストをサクサクの衣で揚げた一口サイズのまんまるコロッケ「ファラフェル」 farafel とか、帰りに寄ったイスタンブールで食べた「焼きサバのサンドイッチ」(パンにはさむのは軽く塩をふった焼きサバと生玉ねぎのスライスだけ、という至って シンプルな仕立て。水さらししていない玉ねぎが刺激的なアクセントに!)とか...などなど、その全部を話し始めるときりがないので、今回はただおいしいだけ でなく香りのよさの面でも特に印象に残った「ザアタル」زعتر za'atar を紹介しておきます。

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【2009.3.4 旧ブログから筆者転載】

エルサレム旧市街を歩いていると、丸い円盤にローマ数字が刻まれたプレートの掲げられた場所で、大勢の観光客や巡礼者が立ち止っているのを目にします。

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Station V, Via Dolorosa, Jerusalem

これは、イエスが裁判にかけられ、重い十字架を背負って市中を歩き、ゴルゴタの丘で処刑され遺体を納められた墓に至るまでの「悲しみの道」 Via Dolorosa の中の「ステーション(留)」と呼ばれる、いわばハイライト・スポットです。(ただし、現在のステーションの中には、2000年近い時を経る中で建物の新築などにより道路が移動していたり、福音書に基づかない伝承に由来するものが含められたりしているとして、より厳密な意味での Via Dolorosa を再定義しようとする動きもあるとのことです)

そしてこの道の終わりにあるのが、

【2009.3.4 旧ブログから筆者転載】

エルサレム旧市街に位置する「神殿の丘」 Al-haram ash-sharif, Har haBayit, Temple Mount は、預言者アブラハム Abraham が息子イサク Isaac を神への犠牲として捧げようとした場所、また預言者ムハンマド Muhammad ibn 'Abdullah が大天使ガブリエル Jibril, Gavri'el, Gabriel に導かれ一晩だけ天に昇り神に会ったとされる場所であり、ユダヤ教・キリスト教およびイスラム教のいずれにとっても重要な意味を持つ聖地のひとつである。

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the Western Wall (=the Wailing Wall, left) and Al-Aqsa Mosque(right)

しかし、紀元前10世紀にソロモン王 Slomoh, King Solomon がここに設けたエルサレム神殿 Bet HaMikdash, Holy Temple は、西暦70年にローマ帝国によって破壊され、唯一残された神殿の西の城壁 HaKotel HaMa'aravi, The Western Wall に当たる部分が、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」 The Wailing Wall となった。その後、かつてエルサレム神殿のあった場所には7世紀にイスラム教の神殿「岩のドーム」Masjid Qubbat As-Sakhrah, The Dome of theRock が、またその南側には8世紀初頭に「アル・アクサー・モスク」 al-Masjid al-Aqsa がそれぞれ建立され、何度かの改築・修復を経て今に至っている。

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Qubbat as-Sakhrah, the Dome of the Rock

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al-Masjid al-Aqsa, al-Aqsa Mosque

これら敷地内の施設は、現在も毎日ムスリムの祈りの場所として活用されており、観光客は限られた時間帯にしか出入りが許されていない。その限られた時間のなかで「どこかに特別な匂いのする場所はないだろうか?」とあっちをうろうろ、こっちをうろうろしながら、ようやく探し当てたのが、

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