【2009.3.5 一部改訂】
ブログを新ドメインに引っ越しして、ご挨拶をしたその後は、エジプトのナイル河沿いに首都カイロから400km弱ほど遡ったところにある、とある町 أسيوط からお届けいたします。すぐに匂いの話に入りたいのですが、ちょっと我慢して、まずはいくつか自分が忘れないでおきたいと思っていることを、メモがてらに書かせてもらいます。
河口に近いデルタ地帯よりも南側(上流)のナイル河沿いに点在する地方都市群は、古代から「上エジプト」(صعيد مصر Sa'id Misr, Upper Egypt)と称され、22の地区(Νομός Nomos, nomes)に分けられてきたとの由。私がいまいる場所は、南端から数えて9番目の地区なので、まあだいたい真中あたりというところでしょうか。恥ずかしながら実はわたくし、アッパー・エジプトだのロウワー・エジプトだの、そういう呼び名はどうせ大英帝国が緯度でもって適当に線引きしたものだろう程度にしか思っていなかったのですが、ずいぶんと長い歴史があったんですね。
それにしてもカイロ北部のアブード・バスターミナルからバスで揺られる(文字通り、しかもかなり激しく)こと6~7時間。こういう旅は車窓からの風景が救いであり楽しみなものですが、途中たまにオアシスめいた町を通り過ぎるほかは、ひたすら砂漠のまっただ中。やがて窓からの日差しも徐々に突き刺さるような強さを帯びてきたのでカーテンを閉めざるを得ず、とうとう外を見るのはあきらめました。車内では、カイロを出て小一時間ほどはスピーカーから実にありがたげなクルアーンの朗誦(でも微妙に再生速度が変化するのでなんだか落ち着かない)が流され、それが終わると今度は
バス前方につるしてある年代物のテレビで、なんだか血なまぐさいアクション映画がはじまりました。しかしビデオテープが擦り切れかけているのかどこかの配線が切れかけているのか、困ったことに画面 の中まで時折ひどい砂嵐で、アラビア語の怒号と銃声や爆発音ばかり聞いてたって何が何やらわけがわからないうえに、なんだか不必要に不安になってくる始末。仕方がないから時折乗り降りするお客さんや、たまに 町を通り抜ける時だけちらっとカーテンを開けて、町の様子や角々でくつろぐ人々のすがたを、ちょこっとずつ眺めていました。
すると面白いことに、ナイル河沿いの上流方面は数百キロにわたってごくごく緩やかなグラデーションを描くように、人々の風貌や肌の色、体型なんかが、いわゆるアラブ系がマジョリティだったのに徐々にアフリカーンス系へと、また男性の衣装なんかも、典型的なワンピース型の服装に帽子なしがメインだったカイロ風から、同じくワンピース型の服装をベースとしながらもターバンを巻いて薄手のマフラーのようなものを襟元にくるっとまわしてかけるスタイルへ、だんだんと変わっていくんですねえ。
あと、カイロに近い町では町一番ののっぽ建築はだいたい新月を高くかかげたモスクのミナレットだったのが、ナイルをさかのぼるにつれて十字架が見え隠れするようになる。そう、ナイル上流はコプト系クリスチャンが多い地域、そういえば去年エルサレムの聖墳墓教会でも、聖墳墓の入口の真裏に、このあたり出身っぽい感じの司祭さまが陣取っていたなあ、なんて思い出しました。(あのあとエルサレムの教会で同じキリスト教となのに宗派がちがうグループが殴り合いのケンカをしてニュースで世界中に報道されちゃったり、なんてこともありましたねえ)
そして、そんな旅の果てにたどりついた今回の出張の目的地である町は、カイロとは比べものにならないくらい空気が澄み切って、風にはほんのりナイル河とそのほとりの緑の香りのまじる、実に美しくて静かな場所でした。
それにこの町の人々の親切というか世話好きなことといったらもう、どうして?なんでそんなに?と顔中ハテナになりそうなくらいに劇的でした。仕事のことでももちろん、頼んでもいないのに次から次へと助っ人が現れて順調に進んだし、(それと一緒にしちゃいけないだろうけど)荷物運んでくれたバスの運転手さんにありがとうと1エジプトポンド(LE)渡そうとしたら、にっこり首を横に振って受け取ってくれなかったし、タクシーもバクシーシ込みのつもりでちょっと大きめの額のお札を渡したら、ちゃんと細かいおつりまでくれるし。
カイロのあちこちでさんざんバクシーシ(=喜捨、という名のチップ)をせびられた後だったせいかなあ、え?ほんとに?ここもエジプト?あれ?でもこういうチップレスなスタイルのほうが日本のフツウに近いのに、どうして僕はこんなにうれしい戸惑いを隠せないの?みたいな。よくわからないけど、ぐるっとまわって世の善男善女にあまねく幸あれかしとうっかり全力で祈ってしまいそうな、ともかくもいい町でした。
ああ、あと数日、なにをするでもなく、あのホテルの6階のカフェから、日がなたゆとうナイルの流れをぼんやり見ていられたら、いいのになあ。なんて、いわく言い難い名残り惜しさをそっと抱かせてくれる町が、たとえそこに行く機会が実際にはもう二度となかったとしても、ひとつまたひとつ増えていくのって、なんだかうれしいもんですね。さあ、次にそう思える町に出会えるのは、いつ・どこでだろうかなあ。

[gandha]