去年の3月末頃だったろうか。ある日の夕方、今住む町のどこからも沈丁花の香りがしてこないことが突然ひどく悲しく思えて、車を走らせ閉まりかけていた苗木屋で沈丁花を3鉢買ってきた。でも帰りの車の中でこそかすかに香っていた花は、春先の川沿いに山から海へと吹きおろす風に横っつらを殴られ、あっという間にみな散ってしまった。あとに残された地味な緑の鉢に、私は何度も水やりを忘れて葉先を黄色くさせては、あわててごめんねごめんねと水を注ぐ、そんな日が夏秋冬とつづいた。
あれから1年弱。3鉢の沈丁花は相変わらずの強風の中でもめげることなく、ベランダのサッシ戸のむこうで今を盛りと手鞠のような花玉をあちらこちらにつけて、がんばって咲いている。この花の風情、この香りを待ち焦がれて300余りの昼と夜を過ごした私なれば、この日のいかに嬉しかろうものを、
弱いのだ。香りが、これほど花をつければもっと濃く漂っていいはずの香りが、どうにも心細いほど弱いのだ。記憶の中の沈丁花の香りは、冬に疲れた心 の眼を思わず見開かせてくれる、そういう力強さがあった。実際、京都の家から車で帰るときに花手鞠2つ分ほどの沈丁花を頂戴して荷物と一緒に置いておいた ら、車の中だけでなく部屋に帰ってからも濃厚な香りが残っていてびっくりしたほどだ。
なのに、どうして。花の咲きぶりがいいだけに、その香りの弱さが何だか悲しくなって、いつしか私は、たまに陽のあるうちに家に戻っても、サッシ戸のむこうで風に揺れる花手鞠をぼんやりと眺めるだけになっていた。
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と ころが一昨日くらいから再び風が強くなり、とうとう暴風警報まで出る始末。うっかりカーテンをはさんだままで僅かに隙間のあいていたサッシ戸が、しきりに ひゅうひゅうと音を立てるのを耳障りに思って夜明けのうす暗い窓辺に立った私の寝ぼけた眼に、もう散りそめた沈丁花の鉢と、風にこぼれて右往左往する深紅 のちいさな花たちがうつった。
それはどうにも、実にひどく悲しい景色だった。香りの弱さに悲しくなって戸を閉めっぱなしにしていた私が、
もっと悲しくなったら今度は我知らずサッシ戸をばんと開けて、ひんやりしたベランダのコンクリ床にひざをつき、花手鞠に鼻をくっつけるようにして香りを確
かめはじめた。もとより風の強い朝、どうか風に流されないようにと手で覆ってしばらく呼吸をしていると、それに応えるようにあの甘く鋭い香りが、じんわり
と漂ってきた。
...そうか。京都の沈丁花は、あの盆地の陽だまりに咲けばこそ、とろりと濃厚な気配をまとい、たまにそよぐ風に 乗っては、春先の慌ただしい毎日を生きる我々の目の前をよぎり、人間をびっくりさせてクスクス笑いもできたのだろう。でも京都より日照時間も短ければ気温 も低いこの町だと、ようやく咲いたとて春先のこの強い風に吹かれ、こぼれた香りを自らのもとにとどまらせることさえ叶わなかったのだ。だからこうして人の 手で風がさえぎられ、吐息の温度でその花があたためられてようやく、あの香りを私に届けることができたのだ。
同じ香りの素を同じ鼻で嗅いで も、温度や湿度、まして空気の流れる強さが違えば、感じる香りはまったく異なってくる。そんな道理がわからぬはずはないのに、その手の理屈に思い至るより もはるか前、幼い日々に深く心に刻まれた香りだったから、まるで道理も何も忘れて、だってあのころと同じ匂いがしないんだもの、1年も待ったのにこんな弱 い香りじゃ悲しいんだもの、そう思ってグズグズとぐずる子供のように私は凹んでいたんだな。
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と、 その程度に自分を納得させることのできるくらいの理屈の数も、いつの間にか歳とともにずいぶん余計に増えてしまったらしい。いまでは毎日、理屈と理屈の隙 間に足を取られ頭をぶつけ、そのたび気持ちのあちこちに治りの悪い打ち身の跡みたいなのばかりが増えていく。今日もまた相変わらず自分の内側のいたるとこ ろに何か黒くべったりとしたものがはりついたような重苦い気持ちで、窓越しに沈丁花の見える場所に置いたソファにごろんと横になったまま、気づけば頭のど こかで明日が来ないことを願っている。ほんとに明日がこなくなったら困るのである、ゆえにそんな子供じみたことは思うだけ無駄なのである、そう書かれた理 屈の輪っかを、足にかけて引っ張ってみたり、宙に投げて受け取り損ねたりしながら、私は窓の外の沈丁花と一緒に、この風の強い春の日のいまを、ただぼんや りと生きている。
[gandha]