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2009年5月 3日 03:04 PM

गंध - GANDHA

たとえば脚本家が戯曲を書きすすむうちに、登場人物たちが勝手に動き話し出すような感覚を覚える、という手の話。漫画家がマンガを、であっても構わない。自分が同じ経験をした覚えはなくとも、実にありそうな話だなあ、と思う。

戯曲でもマンガでも、それが書かれる以前にはこの世に存在しなかった何ものかを創り出す作業であるなら、たとえその創造主がそうと意識しなくとも、被造物である登場人物たちは無から飛び出して来なければいけないわけで、

だとすれば彼らには、あるいは彼らの口からこぼれるセリフのひとつひとつにだって、瞬間的には相当な加速度なり何なりのチカラが与えられている必要 がある。そんなチカラが矢継ぎ早に交錯する場所でなら、意図されざる何らかの相互作用が生じ...たりとかしたって不思議じゃない、ような気がする、かもしれ ない。あれ?いや、物理の話ではなくて、

... みたいに。言葉なり記号なり、それをそこに見える形で示したのが自分自身であり、それが例え話やフィクションだと重々承知の本人であっても、人間は時に自 らの発した言葉や記号による影響を我知らず受けて行動することがある。ように思う。のですがどうでしょうか。self-implementing ナントカって作用の話を昔授業で聴いた覚えがあるのですけれども。それも心理学とかじゃなくて政治学で。今を去ること十... いや、あれれ?もう二十年も前だって?そんなつもりは...

ええ、で、今の私。般若心経をデーヴァナーガリーで分かち書きしちゃえ!なんて畏れ多いことをしたせいか、梵字・悉曇だとか真言だとか、そもそも強 いチカラを託されてこそ長年そこにあり続けてきたものごとたちが、自分の中だか外だかよく分からないけれども、いつの間にかぐるぐると加速しながら渦をま きはじめ、気づけば強烈な引力でもって私の関心と時間があれよあれよという間に吸い込まれていってしまうではありませんか。

たしかパンドラの箱ってのは中からいろんなものが飛び出してきたという意味で有限ホワイトホール的なるものだった記憶があるのだけれども、現在進行 中のブラックホール的なるものの何が困るって、「その先」を自分で飲み込んでしまいはじめたら最後、こっちにはどうしたって先が見えなくなる。ええい、ま まよ、と一晩放ったらかしにしてみたら。夜のうちに、こんなのが出来てました。


गंध - GANDHA


あーあ、またそんな無謀かつ無責任な企てを... 夜に開いた自分の大風呂敷のうえに、昼は自分でも呆れてごろんと寝ころび5月の曖昧な空を見上げる。けどまた夜が来たらあの強烈な引力の嵐がやってきて、きっと何かしでかすに違いない。

しかし、あくまで希望的にだけれども、この勢いを借りてようやく、実のところ長年にわたって憧れていた扉をドンと開いてしまう、そんなきっかけに、ならないこともない、かもしれない。


さあ、吉と出るか凶と出るか。ブログの更新がこのまま1年ほど滞って「このドメインのアドレス解決ができません」なんてエラーをブラウザが返しはじめたら、ああ、なんかあったんだなあ、と思ってやってください。

夜がまた磁気嵐とともにこの部屋を訪れるまでの束の間、ではせめてちょっと昼寝でも。開け放った窓のむこう、河川敷の広場からは気の早い蝉がためらいがちに鳴く練習をしていているように聞こえます。ほんとかな。ただの耳鳴りかも。

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