2009年8月アーカイブ

ナイル川沿いの甘やかな夕暮れ空に、うつくしい月が出た。川の東側に沿って el-Cornish 通りを南に歩くと、左手にライトアップされたエジプト銀行と放送電波塔が見えてくる。


Banque Misr (the Egyptian Bank, left) and
TV&Radio Tower (right) under the Ramadan moon

その少し先、7月26日通りとの交差点で右折してナイル川にかかる10月6日橋を西にわたり、ほどなく見えてくる小路を右に曲がった閑静な屋並みの中に、その店はあった。


entrance of Abou el-Sid,
157 Sharia 26th of July St, Zamalek

このレストラン「アブ・エル・シド」の入口は2mを優に超える大きな扉になっていて、その扉をギイッと開くと登り階段があり、階段を上がったところにはバーカウンターが、その後ろにはラウンジが続いている。私が訪れた時間はちょうど、ラマダンの断食が日没の祈りとともに終わるのを待ちかねて食事をはじめた人たちが、食後のデザートや水タバコを楽しんでいるところだったらしい。水タバコ独特のもったりと濃く甘い匂いのする淡い乳白色の煙と、調理場から漂ってくるガーリックや数々のスパイスの香りが、レースのように細かな明かり窓のランタンから漏れ出した薄暗い光にうっとりと照らし出され混ざり合いながらながら、フロア全体をとっぷりと包んでいた。


bar counter lit by lanterns

近くに各国の大使館や政府系機関があるためか、さまざまな肌の色・髪の色・服装の人々がバーカウンターで、あるいはラウンジの大小のテーブルを囲んで食事や水タバコを楽しみながら、あるいは愉快そうに笑いながら、思い思いにくつろいでいる。その様はまるで、

'09.9.14改訂

カイロのヒルトンWTCレジデンスは全室スイート仕様で、バルコニーから右手にナイル川と中心市街地、左手にはどこまでも広がるダウンタウンを、デッキチェアにすわりながらゆっくり眺めることができるのが気に入っている。


World Trade Center Cairo and Hilton WTC Residence in daylight


my room #112, terrace and its view in afternoon

夜遅くにバルコニーに出てみると、ダウンタウンに点在するモスクの塔(ミナレット)らしき場所に、グリーンと白のネオンライトがとりつけてあるのが見えた。前回2月に来た時にはなかったので、もしかするとラマダンの時期だけのライトアップなのかもしれない。

night view from my southern terrace (dusk view on mouse-over)

朝夕は交通渋滞でクラクションの鳴りやまない通りも、午前3時4時となれば別の国のように静かだ。ひと気のなくなった街の角々をうつむき加減に照らしつづけるナトリウム灯の橙色のあかりと、

夏空に聳える峰の頂に透きとおった山の秋が人知れず降り立つころ、海の秋もまた北からの長い旅の果て、波打ち際に遊ぶ子供たちの声が消えた岸辺へと、こっそり静かに錨をおろす。夜の上越JCTから北陸道を西に進んでしばらく、親不知(おやしらず)IC近くの道路脇にぽつんと佇んでいた電光掲示板には、「風速0メートル・気温16度」との表示が出ていた。

車の窓ガラスを薄く開けると、時速数十キロの夜風のはしくれが次々に入ってきては、耳元や足元でくるくるっとちいさな渦を巻き、クスクス笑うようにしてまた外に出ていく。半日ひとりで運転しているとそういうことですら何だか面白く思えるもので、しばらくそのまま走りながら風の匂いに耳を傾けてみた。

しかしそこには存外、もう夏の森の匂いもなければ、潮騒の匂いもしなかった。

「神道(しんとう)」と「香り」。この両者の関係は、さていかなるものであったのか? -私の中ではながらくの懸案だったこの問いに関し、どうやら重要な手掛かりになりそうな情報を、この夏いくつか得ることができたので、備忘録がわりに久々の投稿をしておくこととする。

春日若宮おん祭り」(かすがわかみやおんまつり)とは、奈良の春日大社(かすがたいしゃ)で執り行われる行事のひとつである。そのクライマックスとも言える12月17日は、午前0時の「遷幸の儀(せんこうのぎ)」をもって幕を開ける。

春日大社公式ウェブサイトの「春日若宮おん祭り 17日若宮様の1日」によれば、遷幸の儀は「若宮様をお旅所へお遷し申しあげる神秘の行事」とされ、その一切があらゆる光を消した暗闇(「浄闇」)の中で執り行われる。その中で特に私が興味深いと思ったのは、この暗闇の極みのなかで「若宮様」=神霊とともに移動するのが

  • 主にはふたつの「音」、すなわち楽人の奏でる「慶雲楽(きょううんらく)」の調べと、参列者たちが間断なく唱える「『ヲー、ヲー』という警蹕(みさき)の声」、そして
  • ふたつの「香り」、すなわち神霊を取り囲む「サカキ(=榊、ツバキ科サカキ属 Cleyera japonica)の香り」と、香炉から立ちのぼる「香木の香り」、

であるという点だった。果たしてその瞬間に臨場する人々は、視覚と触覚の意味を根こそぎ失わせる漆黒の闇のただ中に置かれ(それが動物的本能により「極めて不安で危機的な状態」として知覚され、他の感覚器官に神経が集中するであろうことは容易に想像されるところである)、いやが上にも研ぎ澄まされた聴覚と嗅覚の働きによって、神霊の遷りを表層的な情報のレベルではなく「肉体的体験」のレベルで共経験することとなるのである。

周知の通り、サカキは現代でも各地の神社で「玉串(たまぐし)」に用いられるなど、重要な役割を果たしてきた植物である。確かに、白木づくり或いは白壁に丹塗りの柱で構成される神道的空間の中、サカキのくっきりとした緑は遠目にも実によく映えて美しいし、凛々しい鋭角のアウトラインは神々の「よりしろ」としていかにもふさわしい。しかし加えて、サカキがチャノキ(=茶の木、ツバキ科ツバキ属 Camellia sinensis)と同じツバキ科に属し、枝や葉を剪ると瑞々しく清浄感にあふれるグリーン調の芳香を放つ植物(注)であるということについては、私の知る限りではあまり言及されているところを見ない。

そして何より、香炉で香木を焚いて薫(くゆ)らせながら歩くという行為が、あの春日大社の「おん祭り」の、しかもひときわ「古式に則った」大切な神事の中に含まれているという事実は、恥ずかしながらそれを知らずにいた私にとって、単なる興味深さを越えた、ある種の衝撃すら感じさせるものであった。

ではなぜ、「古式」の神事には含まれていたとされる香木による薫香、香道でいう所の「空薫き(そらだき)」が、現代にいたる後世の神道的儀礼から抜け落ちることになったのか? -この新たな疑問を抱くようになってから奇しくもわずか数日の後、私は看過できないもう一つの情報を得た。それは「江戸時代、京都で天皇が即位する際には、大きな香炉で煙を立て薫香を行う習慣があった」というものである。しかしこうした習慣の存在がなぜ上の問いを解くことに関係してくるのか、という点については、まずその習慣が実在したことを検証したのちに、改めてここに私見を披歴させていただくこととしたい。

注:サカキと同様に「花をつけていない枝葉の状態で芳香を放つ」もので「現代日本の宗教的儀礼に用いられている」重要な植物としては、仏事に用いられる「シキミ(=樒、シキミ科シキミ属 Illicium anisatum)」 がある。そのほか、京都・六波羅の珍皇寺などでは、お盆の時期に水塔婆に水をかけ供養する際、針葉樹系の樹脂の香りがすがすがしい「コウヤマキ(=高野槇、コウヤマキ科コウヤマキ属 Sciadopitys verticillata)」の針葉つき小枝を水にひたしたものを用いている。これら仏教的伝統と香りのかかわりについては、別ブログ GANDHA にて後日扱うこととする。

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