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2009年9月23日 08:13 PM

Aus der Tiefen - 신안향로 - 沈没貿易船から発見された14世紀の香炉と香道具

偶然とはなかなかに手ごわいものである。私が人生で初めて新韓国国立中央博物館の3階まで辿りついたその時、最初に目に飛び込んできたのが「新安香爐(香炉)」の企画展であった。はやる胸をおさえポスターをよく見れば、展示期間は2008年10月28日から2009年9月28日と書いてある。あと1週間訪韓がずれていれば私は一生、この部屋にある出土品たちと出会う機会がなかったかもしれない。


Exhibition "Shin-an Hyan-no", National Museum of Korea

東アジアの香文化に関心を持つ方なら周知の通り、

(誤解を恐れずに敢えて言うなら、)現代の朝鮮半島・韓国社会は香文化の「空白地帯」である。実際、これまで私は十数年にわたり現代韓国社会の文化的趨勢をそれなりに追いかけてきたつもりであるが、一部の仏教的伝統やアジア雑貨店で売られている輸入物の安い線香などを別にすれば、日常生活で香を楽しむといった行動様式はほとんど定着していないといってよい。

他方で、そうしたソフトウェア面での香文化の定着とは別に、ハードウェア面での香文化、すなわち香炉や香道具の制作にかけては、朝鮮半島は実に長く優れた歴史的蓄積を有している。古く6-7世紀の百済王朝にあっては、仏教とともに伝来した香文化が花開き、百済金銅製大香炉(韓国国宝287号)のような優れた作品がのこされている。また12世紀ころ(高麗時代)には、朝鮮半島独特の優れた磁器製造技術を惜しみなく駆使した青磁透彫七宝文香炉(韓国国宝95号)などの名作が数多く作られ、現代に引き継がれている。

そうした中、朝鮮半島をめぐる香文化史の研究に一石を投じる大きな発見があったのは1975年のことであった。韓国西岸沖海底で、銅銭や青銅製の花瓶、青白磁の香炉・香合などといった大量の交易品を積載した一隻の沈没船が発見されたのである。調査の結果、この船は1323年に寧波(中国)から京都(日本)へ向かう途中に難破した国際貿易船であることがわかり、積載品とともに「新安海底遺跡」と名付けられて、その後の数十年にわたる詳細な調査研究の対象となった。その研究成果の中から、特に香文化に関する文物を特に選んで展示したのが、今回の「新安香爐」展だったというわけだ。


Incense Burners and Lidded Bowls - 青白磁香爐・香盒


Incense Kits - 香道具一式

もっとも、「新安遺跡は当時の中国と日本の交易状況を示すもので、朝鮮半島の文化的状況を直接はかる指標にはならない」という指摘も可能ではあろう。たしかに積載品のほとんどは、香道具をはじめとする高度に洗練された陶磁器や金属製品への需要が高まっていた鎌倉時代の日本に向け、中国国内で準備されたものと見られている。

しかし、高度な青白磁製品製造技術を有する朝鮮半島が、日中間または双方の国内市場で取引される高級財の調達先であった可能性は十分に考えられる。その立場から見れば、新安海底遺跡は朝鮮半島に隣接する2つの地域間であればこそ実現しえた交易の在り方を証しうる、他に類を見ないリアリティを有する遺産であるとも言える。香のみならず茶の文化の担い手でもあった仏教系勢力が次第に周縁化していく朝鮮王朝期にあって、香文化の位置づけがどのように変化していったかなど、重要ながら先行研究のほとんど存在しない領域が、この分野には山積している。

もちろん、それは東アジアにおける国際的な香文化関係史研究に限ったことではない。14世紀の黄海を行き交う船の多くがそうであったように、中国大陸と朝鮮半島と日本列島に暮らす人々が互いを信頼し連携すればこそ越えられる水平線が、この地域には、そしてこの世界には、まだまだ数多く残されている。

かつて言葉も暮らし方も今よりずっと多様だった数世紀前の人々が、ひとしく無上の悦楽を垣間見た香木の香りのように、今は冷たい川や地雷原で隔てられ、命からがら隣国へ渡ろうとする人々に日々銃口の向けられる国境をも、静かに越えて広がる共感にいつか包まれる日を。あるいはすでに数世紀にわたり共有してきたにもかかわらず、わずか百と数十年前の「近代の訪れ」とともにかき消されてしまった共感の記憶を取り戻す日が来ることを。そして、私たちをして今ふたたび手に手をとり、その水平線をともにひとつまたひとつ乗り越えさせてくれることを。

いまだ終結の時を迎えていない五十数年前の戦争のため、わずか数十キロ北の「分断線」で今この時も何百人もの兵士が沈黙のなか銃を構えて向き合い昼夜を過ごすここソウルの地を訪れるたび、私は強く、祈らずにはいられない。

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