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2009年9月28日 06:00 PM

Salto Mortale - 死の跳躍

近代化の名のもと猛スピードで変容を続けていく明治期の日本を、Salto Mortale (直訳すれば「死の跳躍」)という表現をもって評したのはドイツ人医師ベルツであった。 30年近くにわたって日本に住み日本人の妻をも迎え、多くの日本人医学生を世に送り出したベルツの言葉を、字面通りの表層的な日本批判に過ぎぬと見る人は、おそらくあまり多くないだろう。

無粋ながら私なりの解釈をあと少し敷衍するなら次の通りである。一方で明治日本は、近代という新しい時代の中を欧米列強と肩を並べ生き抜こうとするなら、江戸という時代の終焉とともにそれまでの日本を支えていたさまざまな制度や価値観を一旦みな取り払い、新たな国家をその枠組みの根本から作り上げる必要があると考えた。それはすなわち古い日本の「死」と引き換えに新しい日本の「誕生」を得ようとする作業であって、いうなれば「死からの跳躍」こそが明治初期の日本の行動を律する原理であった。

他方でベルツは、近代日本が実際には近世以前の日本の歴史の中で培われてきた固有の文化や価値観、換言すれば「日本を日本たらしめる根幹の部分」を色濃く継承しながらそれに無自覚であることを、外部者ならではの視点から看破していた。 ゆえにベルツは、日本がそのような無自覚な状態のままに表層的な変革を追い求め、背景となる歴史などが大きく異なるはずの西洋の文化要素をお構いなしに手当たりしだい接ぎ木をするが如く受容し続ければ、たとえそれが短期的には急速な躍進をもたらしたように見えたとしても、長期的には日本社会が本質的な部分において取り返しのつかない混乱や破滅へと向かいかねない、という危惧の念を持つに至った。さればこそベルツは Salto Mortale という言葉を以て、日本が「死に至る(可能性を含む)跳躍」に踏み切ろうとしていることを指摘し、警鐘としたと考えられるのである。

... さて、と。

日本には永く引き継がれてきた「香りの文化」の伝統がある、と言う人がある。 だがそれは、一か所の不連続点も持たぬまま、なめらかに継承されてきた文化であったのか。 それとも、近代の曙あるいはその他の時期に、多少なりとも不連続な「跳躍」を経験したのか。 そのような跳躍の経験があったとするなら、その周囲に何らかの「死」は横たわっているのか。 だとすれば、それは跳躍の契機としての死だったのか、それとも跳躍の結果としての死だったのか、

... なんて立論をすれば、いかにもこのブログらしかろう。たとえ実のところ、日本の香り文化なんて今はどうでもよく、気になって仕方がないのが自分自身の「跳躍」とその前後にありうべき「死」のほうであったとしても。

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