'09.9.11改訂
上信越道八風山トンネルを群馬側から長野側へと抜けたあたりで、カーナビの地図の隅に緑色の小さなエンピツ型アイコンが2本並んでいるのが見えた。以前、長野県佐久市のとあるお寺と、その近くの温泉旅館の前を通りかかったときに、自分で登録したポイントだ。私は車の窓を薄く開け、仄甘くも軽く乾いた信州の夕風がさあっと流れ込んできたのを確かめてから、小さな深呼吸をした。
かつて私は夏が来るたび、長野の北佐久郡望月町(現・佐久市望月)を訪れていた。大学のころ所属していたサークルに、毎年この町の小学校や分校を訪れ出前コンサートをするという有志企画があり、それに何回か続けて参加していたからだ。今はこんなに面倒くさがりやの私が、なぜそんなイベントに乗っかることに決めたのか、時既に20年ほど遡る頃の話ともなればどうにも思い出せない。しかし、当時のこの町の方々や子供たち・親御さん方にいったいどれほどお世話になったか、それははっきりと覚えている。
まず、寝泊りや舞台稽古、炊事などはすべてお寺さんの宿坊を借りて過ごした。朝から午後まで汗だくになって稽古をした後は、歩いてしばらくの所にある温泉旅館さんまで毎日お風呂を借りにいった。地元のみなさんからは自炊用にと毎年採れたてのキャベツやトマトを山のように届けていただき、出前コンサートを終えた後は仲良くなった近所の子供たちとホタルの飛び交う田んぼのあぜ道で花火をしたり、商工会の方に地元のお料理や地酒をしこたま振舞っていただいたり...
だから私は、数年前偶然に長野県南部に用事ができて、生まれて初めて自分の車で長野入りを果たしたとき、仕事を終えてまっさきにこの町を目指して走ってきた。学生時代、この町を訪れる企画では上級生になっても one of them のままだった私は、結局最後までこの町のどなたにもはっきりと自分の口から感謝の気持ちを伝えることができなかったような気がして、そういえばそのことがこの町をサークルの皆と一緒に最後に訪れた日からずっと自分の中でひっかかっていたようにも思えてきて、なんだか矢も楯もたまらず、走ってきた。
でも、たどり着けなかった。

[gandha]